同和地区と一般地区が決別した もっとも大きな原因の話

毎度おおいきに~ひさしぶり~ ちゅうか 今回は真面目に語らんと!

同和地区と一般地区が決別した もっとも大きな原因の話。
    
俺の曾祖父(3親等)は1857年産まれ

解放令が1871年 彼が14才の時。

この彼の名は太郎吉 太郎吉の青年期はトンデモない激動な日々を体験した。

この太郎吉 小学校高学年までは 

隣村の人に会ったらその場で 土下座せんとあかんかったんやが

ところが14才になって しなくてもいいようになった

それが解放令やが。

この解放令に不満も持つ一般の人々が部落を襲う

襲うと言いうか 滅茶苦茶した。

解放令反対一揆

よく同和地区の人は怖いとか耳にするけど それはどうかな~?

俺からしたら一般の方がよほど恐ろしは 確かに今現在は大人しいかも知れんが

いざとなったら やっぱり古代に殺し合いしてた血が騒ぐんやろな。

参考になるサイトがあったので 見とってや。

http://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/310308/files/2009111100164/2009111100164_202_254_165_145_uploaded_attachment_18540.pdf


泣き叫ぶ母親が子供だけは助けて下さいと 願いも空しく

竹槍でめった刺し 死体が蜂の巣。

女子や子供と言えども容赦無く焼き殺し! これ西日本の至る所で起こったやが。

この恐怖の解放令反対一揆が2年も続いた。

こんなん どんな人間でも腐るちゅ~ねん!

2年も村の中で構えっとったんやろな。

当然 太郎吉は俺のじいさん(息子)に生きていく為の術を身をもって

教えたんは言うまでもない それが今現在も残る世間への威嚇やで!

暴力団の前身 ヤクザもこの時期に出来たんが分かるはな。

はっきり言うけど部落民になんの罪も無い 古代の(蝦夷討伐)もそ~やが まじで

やられっ放しの運命かい! まあ~え~けどね今いる人はそれでも命を繋げてきたから。

ここで一言いいですか 部落の輩系の人 そんな所で唸ったる場合やあれへんで。

同和地区の先祖縄文人は家族や自然を大切にして 平和に暮らしてたんや

http://veechu.blog16.fc2.com/blog-entry-640.html

それも12000年もの間 しかも日本列島北から南まで 情報交換してたにも関わらず

争った痕跡が無い 0やで0 分かるか世界一の平和主義。あのガラパゴスさんも言うとったやろ

「3.11の時に世界から称賛された日本人の行動様式はこの縄文精神風土そのものなのです。

土地に根付き勤勉で黙々と働き抜くのは縄文気質なのです。」

このブログのサブテーマ 同和地区に産まれた誇りそれは 私利私欲で戦争仕掛ける様な

悪魔の人殺しの末裔では絶対ない事やで。

長くなるので今回はこれにて

次回は今も残る結婚差別について 話ますは ではでは
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by roman422 | 2015-05-11 22:51 | Comments(0)